ナラティブ・セラピーが大切にしているのは、「私たちは自分の人生を、まるで物語を語るように生きている」という考え方です。毎日起こる出来事や経験を、私たちは自分自身のフィルターを通して意味づけし、頭の中で一つのストーリーとして組み立てています。
それは、過去の出来事の解釈であり、現在の状況の理解であり、未来への期待や不安を描くものでもあります。しかし、時として、この人生という物語が、私たち自身を苦しめる「問題物語」に染まってしまうことがあります。
例えば、何かうまくいかないことがあると、「やっぱり私は何をやってもダメなんだ」という物語が強化され、それが自己認識を深く縛り付けてしまうことがあります。「どうせ私は誰からも愛されない」という物語は、人との関わりを恐れさせ、孤立感を増幅させるかもしれません。
このように、ネガティブな物語は、私たちの可能性を狭め、行動を制限し、生きづらさを生み出してしまうのです。ナラティブ・セラピーでは、このような私たちを支配してしまうネガティブな物語を「問題物語」と呼びます。
そして、この問題物語が絶対的な真実ではない、ただ一つの解釈に過ぎないと考えます。まるで、同じ出来事でも語る人によって異なる物語になるように、私たちの人生もまた、別の語り方ができるはずだと捉えるのです。
そこで、ナラティブ・セラピーでは、この問題物語を見直し、新たな視点を取り入れることで、「代替物語」を作り出すことを目指します。それは、問題に焦点を当てるのではなく、私たちがこれまで持っていた力や可能性、問題に抗ってきた経験、大切にしてきた価値観などに光を当てる作業です。
「失敗ばかりしてきた」という物語の中に、「それでも諦めずに挑戦してきた」という別の物語を見つけ出す。「愛されない」という物語の陰で、「人を大切にしたいと願ってきた」という物語を発見する。
このように、これまで見過ごされてきた、あるいは抑圧されてきた肯定的な側面を掘り起こし、新たな物語として語り直すことで、私たちは自分自身や人生に対する見方を変えることができます。問題に縛られた主人公から、困難を乗り越える力を持つ主人公へと、物語の主役を交代させるのです。
この「代替物語」を育むことで、私たちは問題の影響力を弱め、より主体的に、そして希望を持って生きていくことができるようになるでしょう。それは、自分自身の物語の新たな語り手となり、未来に向かって力強く歩み出すためのプロセスなのです。